
マルクさんとドレスデン交響楽団の前作の写真です
来年2月初演の、新しいプロジェクト「デデ・コルクト」のリハーサルのためにベルリンまで行ってきました。
「デデ・コルクト」とは中東、トルコ、コーカサスに広く伝わる叙事的な説話集で、日本でも平凡社の東洋文庫から出版されています。この中の「テペギョス」という一つ目の怪物のお話をベースに作品が作られます。なんの準備もないので、とにかく図書館で借りてよみました。飛行機でもういちど第8章「テペギョス」を読み返す。勧善懲悪的な寓話性は希薄で、道徳が強調されるというよりは、異教徒などを迫害する英雄譚でしょうか。この「テペギョス」も、馬から落ち、そのまま獅子に育てられた暴れん坊、後の英雄バサトが、バサトの父に兄弟になるべく拾われた羊飼いと妖精のあいだの子、一つ目の妖怪テペギョスを退治する物語です。話のプロットや設定に理解し得ぬ矛盾点もある。翻訳という形でもはっきりとわかる文章のレトリックや、倫理観のベースが、日本のそれや、キリスト教的な西洋のそれとも明らかに異なり、楽しみで、興味深い。そこにある倫理観を私が理解し得ないのか、あるいは倫理というものを超えた何かがあるのか。とにかくベルリンに行ってみよう。


ベルリンでの本番会場でもある、マクシム・ゴーリキー劇場のアトリエが稽古場で、旧東側の郊外にあった。前にもブログで紹介したマーク・シナンさんが音楽監督、ドレスデン・シンフォニカーのマルクスサんがプロデューサー、そして、この2月までイスタンブール東京を往復しながらコラボレーションしたアイディン・テキャルさんがコレオグラフということ。つまりアイディンさんのつながりで、私にこのお誘いがあったのです。
電話で、見たことも会ったこともなかったマルクさんから突然のオファーがあってから約一月。今回は4日間のリハーサルですが、既に舞台美術は仮設され、衣装プランナーのボディチェックなど。私は、かなり初期の段階からプロジェクトに立ち会うことも多いので、こういうプロダクションへの参加の仕方はは久しぶり。しかし、内容はまだまだこれから。マークさんが作曲して稽古場にもってきた楽譜は、おもったよりも、いわゆる「現代音楽」的。アンサンブルするのが難しい。加えてドイツ語の歌詞の読み方もチェックが必要。これに、即興的要素や、オーケストラの合奏、映像によるアナトリア地方の民族音楽の演奏、折り重なって、「デデ・コルクト」ができあがってゆく予定です。これに、アイディンさんのコレオグラフする、私たち3人のソリストの音楽身体パフォーマンスやアンサンブル合奏の要素が加わってゆきます。まだ、内容の全体像など把握できていないので、あまり多くの報告はできません。12月に再び10日間ほどのリハーサル。2月に最終リハーサルして、ドレスデン、ベルリンで公演。10月はヨーロッパ、中東などをツアーします。それなりに長いプロジェクトのはじまりでした!
ベルリンは、ホテルと稽古場の往復でしたが、ブレヒトハウスやブレヒトやハイナー・ミュラーが芸術監督をしていたベルリナーアンサンブルも見学できました。舞台の参考のために、冷たい雨の降る中を、動物園にもゆきました。象の背中に舞い落ちる枯葉が美しい。壁が崩壊して20年以上経つわけですが、郊外の風景や建物は、やはり東欧やロシアの町並みを思い出しました。
共演のみなさま
Jelena Kuljić さんは、セルビア出身の歌手、俳優。マークさんのECMのCDでも歌っていますが、ドイツの演劇シーン、シャウビューネやフォルクスビューネで、ベルクの「ヴォイツェツク」や「ルル」など、現代歌劇での活躍も多いみたいです。ロックバンドやJAZZのヴォーカルもYOUTUBEでみることができます。とんがってんなぁ。とてもサバサバとして、クリアなパフォーマーです。ベジタリアン。

Sascha Friedl 超チャーミングでベイビーな、漫画のキャラクターみたいな、しかし物静かな巨人!そしてあつかう楽器はコントラバスフルート!!コントラバスより背が高い。しかし軽い!オペラの仕事で日本に2回くらいいったことがあるといっていました。話の設定上、私とはテペギョスと英雄バサト「(義)兄弟」のシーンが作られる予定。

Marc SIinan そして、音楽監督、このプロジェクトの内容面を司っているのが、ギタリスト、作曲家のマークさん。お母様がアルメニア系のトルコ人で、トルコ語も話します。今回はじめて直接会う前に、メイルでやりとりをしたり、お互いの映像をみたり、してきて、かなり共感しました。YOUTUBEでの難しい顔やその音楽から想像していた方とは印象がかなり異なる、ハッピー!な方でした。

Dresden symphoniker(ドレスデン交響楽団) 現代音楽を中心に演奏するオーケストラで、中近東や南米、中国などにまつわる作品、新作を演奏することや、映像を駆使する作品が多いようです。ほか、ジョン・アダムス、譚 盾、アンソニー・タネジ、フランク・ザッパやの曲。それからイギリスのテクノバンド、ペットショップボーイズとエイゼンシュタインの「戦艦ポチョムキン」の無声映画に音楽をつけたり、アクティブなオーケストラです。

マルクさんの前作のDVD。

リハーサルが終わりパリで、妻がジュリエット役で出演している公演「ロミオとジュリエット」をみました。9月から12月までの長いツアーですが、初演だった昨年の静岡での公演に比べて、俳優の方々それぞれのアプローチが役の個性として確立している分、ずいぶん密度が濃く重層的な舞台でした。だからエンターテイメントとしてもさることながら、シェイクスピアの言葉、台詞もとても多層的にみえてきて、現代的な問題をはらんでいるようにおもえました。また、仮面劇ではないけれど、演出のオマールさんと劇団テアトロ・マランドロの、現代の「コメディア デラルテ」とは、なるほどこういうことなのかな、と思いました。素敵な舞台でした!

帰りは、妻の主たる滞在先のジュネーブにたちよりました。ベルリンやパリのような大都市のあと、このジュネーブの街の深閑とした夜と朝を歩いたからか、自らがその土地において何者でもない異邦人である感覚を、よりつよく感じました。夕刻に到着し、夜と朝の滞在なので当たり前と言えばそれまでですが、教会も美術館も博物館も商店も、その多くは閉じられています。古い建築物にしても、近代的な高層住宅にしても開放的な印象はない。前日のパリの無国籍なマルシェやふと立ち寄った教会のアフロミサの風景との対称。ジュネーブでは大都市の雑踏や大自然のなかでおぼえる精神的な孤独でもなく、もっと物質的な孤独。旅の良いところは、この物質としての孤独を呼び戻し、様々な事物に対する瞬間の出会いが細部への感覚を研ぎすませてくれるところにある。霧深い朝、空港に向かうバスを待つ間、妻が案内してくれたので、バス停のそばの石でできた小さな塔をみた。建物と建物の間の小さな原っぱに造作なく建っていたこの塔の謂れはわからない。それが宗教的なオブジェなのかどうかも分からない。今回のベルリン、パリ、ジュネーブでの短い滞在の最後の風景が、この塔の佇まいだった。
帰りの飛行機ではほとんど眠っていましたが、立教大学の後期のパフォーマンスの授業の台本作成の準備をと、W・G・ゼーバルトの「アウステルリッツ」を読みました。「個人」と「歴史」の過去への建築史家のフェティッシュな旅は、夢幻のごとく環を閉じることのない螺旋。「私」という現在が語られることはなく、過去と歴史が、直線的にではなく、細部が夢のように漂っている。思えば、書物も建築物も草木も楽譜も、それ自体が音を発することはない。「無言」を聴いたジュネーブでの夜と朝の余韻で、飛行機の中、アウステルリッツのヨーロッパの彷徨と回想に吸い込まれてゆきました。「アウステルリッツ」は動物園の夜行性動物を集めた館についての叙述からはじまってている。私の今回のベルリン滞在の始まりは、奇しくも到着翌朝の動物園訪問だった。肌寒い平日の午前、雨足が強まってきて、冷たい雨をさけるように入った結局屋内の霊長目の館と、その地下にある照明を落とした夜行性動物のコーナーだった。
そして、 プリミティブオペラ khkhs「MOMOTARO」。12月2日(月)森下スタジオ

この2月までのイスタンブールと東京での、構想から数えて2年と数ヵ月を費やした、トルコの コレオグラファー、アイディンさんとのプロジェクトを終えて、新たな展開を考え、ユニットkhkhsのプロジェクトが始まりました。khkhsは参加者5人の頭文字(!)で、ククスと読みます。
「db-ll-bassは、HP(http://db-ll-base.jimdo.com/)で報告しているように、身体フォルム寄りの作品創りから音楽優位へ、そして最後にシアトリカルな要素の片りんをのぞかせるという変遷をたどりました。khkhsがやってみたいと思ったのは、このシアトリカルな部分を展開していくことでした。そして、定期的にスタジオに5人が集まってdb-ll-bassの動きを再現してみたり変形してみたりと遊んでいるうちに、意外な素材に行きつきました…桃太郎。桃から生まれた桃太郎、鬼ヶ島に攻め入って財宝を持ち帰った桃太郎。しかし、私たちがいたくそそられたのは、文豪・芥川龍之介の「桃太郎」です。実に自由で実にアナーキーで実にパンキー。これを、楽器と声と2人の身体だけのミニマルなオペラにしよう、名付けて!
実際に動き、演奏し、声を発するのは河崎と国広ですが、アイデアは5人で自由気ままに出し合い、いろいろ実験したり、シーンを創ってみたりしています。コントラバスと声と身体だけというシンプルさがかえってイメージを増殖させ、アナーキーな芥川版桃太郎がさらにアナーキーになっていっている感じです。」
春から作品作りをはじめました。今回のベルリンの滞在で、偶然ふたたびアイディンさんの基礎トレーニングや、骨格についてのレクチャーを受けられたことは、きっとこの作品に良い影響をもたらすはずです。元来演奏すると勝手に身体が大きく動くので(全然意識していませんでしたが、演奏始めた頃からそうでした。だから今は、動かない、ということを意識しています。)、こうして作品を作っていると、つい自分の動きやシアトリカルなアイデアや言葉にひきずられてしまうので、この公演を前に再びアイディンさんのトレーニングをみっちり(今回の私に課せられたトピックは首と肩甲骨の骨の構造の再確認とそこからつくられる自然な動き)受けられたことは幸運でした。それに今回のベルリンでは、このメソッドにチャレンジするのは私以外はじめてなので、皆さんの動きもみながら、だいぶ客観的に理解できるようになりました。
「デデ・コルクト」の妖怪テペギョスは、路傍に捨てられた塊を、父親や皆が不気味がって蹴飛ばしていると、そこから割れて生まれでてきた羊飼いと妖精の間に生まれた子供。桃太郎も皆さんご存知のように、このない老夫婦が川から流れてきた桃を拾い、割って出てきた子供。しかし芥川により、虚無的で理知的な美の輪廻に描かれた桃太郎は、よく知られた桃太郎のお話とはだいぶ異なり、むしろ真逆です。青空文庫にあるので、興味のある方はぜひ。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/100_15253.html
12月のこの公演が終わったら、ふたたびベルリンでのリハーサルのために渡航します。その間のライブには、長く続けてきたり、久しぶりのユニットや場所での演奏が続きます。みなさまとぜひおあいできれば。
10月26日 コルネットの金子雄生さんとの「ふたつの月」CDをレコーディングした矢切の蔵「結花」での即興演奏ライブ
10月27日 「ダた」コンサート 吉祥寺マンダラ2
11月3日、5日 工場という空間、美術、照明を駆使した、アルゼンチンのフリオ・コルタサル「夜あおむけにされて」の朗読公演の再演 川口アートファクトリー
11月8日 原語によるロシアアウトカーストの唄 石橋幸コンサートを、愛知の、穂の国とよはし芸術劇場PLAT
11月10日 ソロコンサート 久しぶりに、つくばの千年一日珈琲 つくばでは、ひばりや、蝉や山羊に囲まれて演奏したり、幼児や老婆との共演、レンゲソウ畑、遺跡、といろいろな状況でソロの演奏をさせていただきました。
11月21日 ひさしぶりのヴォーカル、コントラバスduo 柴田暦さんとのUNI-MARCAコンサート 西荻窪音や金時
11月23日 ブレヒト/ロルカ 小沢あきさんとのduoバージョン 下北沢LEDYJANE
11月24日 石橋幸 新宿ガルガンチュア 7人限定 ロシアアウトカーストの唄
11月27日 石橋幸 新宿URGA ライブハウスコンサート
そして12月2日 プリミティブオペラ khkhs「MOMOTARO」! その後またベルリンでリハーサルです。